Monte Azul

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

sumo

sumo.jpg




モンチアズールに相撲取がやってきました。
しかも3力士も。

そのうちのひとりはブラジル人でしたが、
お三方とも日本で現役の力士。
その名も東心山と豊乃国と。

力士がモンチアズールにつくや否や、
モンチアズールの人々は、遠巻きに(あくまで遠くから)
手をふったり、あいさつしたり(ここの人はたいてい
「コンニチハ」くらいは言える)、
歩く後をずっとついてきたりと、たいへんな騒ぎになったそうです。

わたしはその頃職員200人分のヤキソバをせっせと作っていたので、
気がついたら、わぁ、大きい人がこっちに向かってくる、
という状況でした。
ああ、思い出しても大変な状況だった。。。


今回のフェスタ・ヂ・スモウは、
現日本人ボランティア達で企画、運営しました。
サンパウロで行われる別の相撲大会に呼ばれた三方が、
好意でモンチアズールまで来てくれたのですね。
いい人たちですね。
そして冗談好きな力士さん達でした。


まず相撲の説明から始める、というのが
このフェスタを開催するにあたっての、
モンチアズールからの条件でした。

相撲の知識を伝えるというよりも、
子供たちがまねをして喧嘩や怪我したりしないように、
「相撲にはルールがあって、相手を傷つけるためのものではない」
ということを伝えるためのものです。

sumo4.jpg




が、その説明は子供たちの喚声で
かき消されてしまっていたかも。。。
マイクを通した声が聞こえないほど、たくさんの人がやってきて、
たくさんさわいでいたんですね。
「でかい」とか「太ってる」とかみんな結構笑ってるわけです。

それでも力士同士の取り組みが始まると、
その迫力に圧倒されて、
だんだん「笑い」の意味合いが変わってきていたようでした。
「奇妙なでかい人」から、「なんだかすごい人」になって、
遠巻きで見ていた子供たちが「一緒にやりたい!」
と列になって並んできました。
sumo2.jpg


マイクでの説明は聞き取れなかったかもしれませんが、
始める前に礼をして、終わってからも礼をして・・
というのを、相撲を取る時に、子供たちはちゃんと守っていました。
説明なんかするよりも、実際に相撲を取らせて教えるほうが、
よっぽどわかりやすかったみたいです。


最後は全員が土俵の輪の中に入って、力士を押し出す!
というのをやりました。
いやぁ、すごい迫力。
あとで力士さんが新聞のインタビューに答えてましたが、
「ブラジルで会ったどの子供たちよりも力強い」
とのことでした。

モンチアズールに来て6ヶ月経ちますが、
その中でも一番みんなが元気な日だったと思います。


前日から当日朝にかけて雨で、
フェスタの開催自体危ぶまれていましたが、
昼には空が晴れわたり、、
そして終わった直後にまた雨が降り始めたのでした。

いろんな人やものや偶然や、
そんなものに助けられて、
このフェスタは出来たんだなぁ、
と、降り始めた雨にあたりながら
思ったのでした。

さー、次は日本祭りだ!









sumo3.jpg

てんてんつくつく、と相撲の太鼓を再現してくれた子供たち。
感動!

スポンサーサイト
  1. 2006/10/07(土) 09:02:21|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

ponte das estrelas

クリアンサケリーダというところに
見学に行ってきました。

ここはモンチアズールに以前ボランティアに来ていた方が
創設を手伝った幼稚園で、主にエイズにかかった子供たちが
来るところです。

中に入ると、いきなり一輪車に乗った男の子が
出てきてびっくり。
なんとここにはサーカス団があるのです。
その名もPonte das estrelas 。

さすがに小さな子供たちはやらないのですが、
ここに通っている子供たちのお兄さんやお姉さんが
練習しにクリアンサケリーダに通ってきます。


ここはエイズの子供が通ってきますが、
ここの大きな仕事は、まず子供たちにきちんとした生活をさせること。
食事をしたり、お風呂に入ったり、規則正しい生活を
送っているうちに、二年ほどでエイズがなくなってしまった
子供が実際にいたそうです。

そしてもうひとつの仕事が、子供たちの家族をケアすること。
親はもちろん、その兄弟たちも、ということで始まったのが、
このサーカス団。

エイズの子供を持った兄弟の中には、
その精神的・経済的負担から、学校に行く
気力まで無くしてしまう子が出てくることがあります。
そういった子供たちに、どうやって生きる気力を
取り戻させていくのか。

「人にアプレゼンテーションすることで、子供たちに達成感、
自信を取り戻させることが出来ます。サーカスのいいところは、
いろんなシチュエーションがあるということ。ボールを上手く
投げられなくても、一輪車に乗れたり、それぞれの出来ることを
やればいい。その中でお互いを尊敬しあえることができるのです。」

ここを立ち上げたドイツ人の女性が、優しく、
生き生きと話してくれたことが印象的でした。

実はわたしは、クリアンサケリーダに到着するまで
子供たちとどう接したらいいのか、
とても不安に思っていました。

でも、到着したとたんに一輪車の子供たちに迎えられて、
そんな不安はいっぺんに吹き飛びました。
ここは、希望にあふれた場所なんだということが、
すぐにわかりました。
普段健康に暮らして、何気なく日々を過ごしているより、
ここにいる人たちのほうが、ちゃんとした「生」をつかんでいるかもしれません。


なにをやるにも、楽しく!
それがブラジル流。


いろんなことを考えさせられ、
そして気持ちのいい一日でした。









  1. 2006/09/04(月) 04:06:31|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

Aniversario

先日誕生日を向かえました。

歳をとるのが嫌だなーってコジーニャ(キッチン)の人に言ったら、
ブラジルでは年齢を表現するときに「Eu tenho 28 rosas」というんだよ、
と教えてくれた。
「わたしは28個のお花を持っているの!」

Rosaはお花のこと。薔薇かな。
歳をとるたびにその花が増えていって、ますます素敵な女性になるのだそう。
その話を聞いて、あーそれなら歳が増えていってもいいな、と
単純にうれしくなってしまった。
ちなみに男の人はbotoes。木に咲く花なのだそう。

最近、気がついたらあちこちで「Oi,minha filha(わたしの娘)」とわたしに呼びかけてくれていることに気づいた。
前から呼んでくれていたのかもしれないけど、さりげなく早口で言うので、聞きとれていなかっただけ?

それに気がついたら、もっともっとモンチアズールの人たちが大好きになった。
ああもう、こちらに来て4ヶ月がたったんだなぁ。


  1. 2006/08/13(日) 22:24:45|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3

saudade

サウダージ

日本語では郷愁・寂しさ、と訳されたりしますね。
ブラジルの感覚からいうとちょっと違って、
胸にぽっかり穴が開いた感じ、とでも言うのでしょうか。

おもしろいなぁ、と思ったのは、この言葉を使うとき。
たとえば久しぶりに会った友達に。

「Oi,Tudo bem! Saudade com voce!」
<やあ、元気?(会えなかったから)すっごいサウダージだよー>

などと使います。
会えなくて寂しかった、という過去形の表現というよりは、
たった今あなたに再会して、すごくサウダージを感じているよ!
という今を表す挨拶です。

寂しい、というふうに訳すと、
なんともよくわからない意味になってしまうのですが、
どうやらこのサウダージという言葉、
とてもパッションのこもった言葉らしいのです。

日本語で寂しい、というと、
気持が静かになるような言葉ですが、
ブラジルでサウダージといえば、
とても情熱的で、静かになるどころか、
寂しくて我慢できない!
という、気持ち的に最高の盛り上がりを見せる表現らしいのです。

だから、あなたにサウダージを感じる、と言うのは、
「愛している」と言うよりももっと強い表現なので、
言われたほうはとても嬉しくなっちゃうんですね。

いいですねー。
寂しいのにこんなに明るくていいのでしょうか。



それと、さよならって言葉はなんだろう?
ってブラジル人にきいたら、
Tchau!か
A Deus!
になるらしいです。

でも、A Deus!は、永遠にさよなら、
という意味があるらしく、
もちろん普段は使いません。

日本にはない言葉ですね。
そういうシチュエーションが少ないからなのでしょうか。

おそらく、何百年も昔、
ポルトガルの港を離れゆく、
新天地へと赴く船に向かって
何度も投げかけられた言葉なのでしょう。


新しい言葉を覚えると、
あたらしい感情を学ぶことにもなるんだなぁ、
となかなか感慨深いです。


  1. 2006/07/30(日) 08:46:32|
  2. ことば
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

ヴィオロン

子供たちのクラスには
週に一回、午前中一時間、歌の時間がある。
その時間になるとマリア・ヒタ(リタ)はやってきて、
布のかけられた特別席に腰掛ける。

まわりを子供たちが取り囲んで、
ヒタはヴィオロン(アコースティックギター)を弾き始める。

フェスタ・ジュニーナにあわせて、サン・ジョアンの歌を歌ったり、
フェスタのシンボルのバルーンの歌を、みんなで歌う。



風船 昇ったよ 藍色の空
またたき ひかる ブラジルの夜

サンジョアンは 見なかった
ただ 寝てただけ

風船 昇ったよ 藍色の空



どうなんでしょう、自分で訳してみたら、こうなりました。
サンジョアンは聖人のはずなんだけれど、
ただ寝てるだけの聖人って。。。


それにしても、この風船は夜に、空に昇っていったんですね。
普通、風船=青空なんだと思うけれど。

そういえば、ブラジルではバルーンは風船じゃなくて、
火をつけて飛ばす小さい気球って聞きました。

そのまま昇っていって、お星様になっちゃった、
という歌なのかな。
日本のお盆にする精霊流しみたいに、
バルーンの中に、人の魂とか、
願いごとが入っているのかもしれませんね。


それはともかく、歌はどんどん続きます。
10曲くらいは違う種類の歌を歌って、
マリア・ヒタは帰っていきました。

使っていたギターをよく見ると、
弦が一本足りない。

クラスに置きっぱなしのギターは
古くなっていて、
ヒタは弦が足りないまま弾いていたのでした。


 
IMGP3744.jpg

フェスタジュニーナのゲーム。
りんごをかじれるかな?




  1. 2006/06/30(金) 08:36:50|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
次のページ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。